ごあいさつ

ごあいさつ 湯本 赦頼(ゆもと しゃらい)主任牧師

竜丘キリスト教会のホームページへようこそお越しくださいました。

徳島県徳島市に牧師の息子として生まれました。日本キリスト教団・活水の群 徳島西教会出身です。

大学時代、神学校時代に日本キリスト教団山手教会(活水の群)に所属していました。

2019年に聖書宣教会・聖書神学舎を卒業。そして結婚。息子が与えられ感謝しています。

2021年に教団試験を経て牧師(正教師となる)。そして2024年4月より竜丘キリスト教会の牧師、飯田知久町教会の牧師として兼牧がはじまりました。4人兄弟の次男。趣味は音楽(歌、ギター、ピアノ…)、将棋です。

湯本 愛恵(ゆもと よしえ)担任牧師

みなさま、はじめまして。わたしは兵庫県神戸市に生まれました。

日本キリスト教団・活水の群 山手教会出身です。

2012年関西聖書神学校を卒業し、その後、山手教会で2年間奉仕しました。

2014年活水聖書学院の専攻科・インターンで2年間平塚福音キリスト教会で学びと

奉仕の時が与えられました。2016年 飯田知久町教会に伝道師(補教師)として就任。2018年に教団試験を経て牧師(正教師)に。2019年3月に結婚。夫婦で教会に仕えている。現在は息子が与えられて3人家族。母は下伊那郡阿南町生まれ飯田知久町教会出身です。5人兄妹の四女。趣味は歌、読書、美味しいコーヒーを飲むこと。

私が教会に来たキッカケ

佐藤克郎さん

私の信仰の遍歴 霊的ケアを求めて

はじめに 私は今、腎不全により、週3回(月・水・金)の人工透析治療を実施しているため、なかなか教会に出られないこととなり、困惑している。透析治療11年目。92歳の私は歳の私は、生涯の終い方や私らしく生き切る、全人的苦痛の癒しの場はどこにあるかと探し求めている。人格的交流の場としてのキリスト教会が、私の霊的ケアの場になっていただくことを念じているところです。

〇氏名  佐藤克郎 〇出生日 1933年(昭8)3月5日 〇出生地 長野県下伊那郡 会地村 駒場864の2 父 佐藤清七  呉服業  第6子 3男 母 佐藤志づゑ

受洗日1954年(昭29)12月19日、20歳  日本基督教団 長野教会 小原福治牧師  介添人 白上元一(市立柳町中学校長) 松岡 弘(信濃教育会長)

好みの讃美歌 301 山べにむかいて 312 いつくしみ深き 513 あめにたから  515 十字架の血に 好みの聖句  好みの聖句 ヨハネ伝1の14 ピリピ人への手紙三の13~14。 墓碑銘としたお言葉 「恩寵は人生 究極の実在なり」 (高倉徳太郎)

1、会地国民学校時代 国民学校生 太平洋戦争中の鍛錬教育下に育つ。 校長 白鳥宗治先生は、日本基督教飯田教会のリーダー格

2,飯田中学校時代 中学校生 家を離れ、飯田市郊外上郷村別府に下宿生活。近隣の福元じゅん君との交流始まる。 福元じゅん君の父は日本基督飯田教会牧師 福元利之助

3,飯田高等学校時代 高校生 終戦 学制改革により校名変更。 ①小林秀雄君と文学班組織 詩誌『円形劇場』を創刊 ②『高松文学』『校友会誌』編集

4,信州大学教育学部松本分校時代 松本市在住の詩人 殿内芳樹(H氏賞)との交流。作詞活動、家庭教師、アルバイトでキリスト教女伝道師のもとに行く。

5,信州大学教育学部長野本校時代 〈生きること〉と〈文学すること〉に悩む。 ①信大聖書研究会結成。 長野市県町教会 牧師 鶴田潔の指導をいただく。『カールベルト神学』等。読み合わせ。 ②日本基督教団長野教会 信仰生活 小原福治牧師 受洗 20歳  1954年(昭29)12月19日 ③卒業論文 非連続の連続の文学 =文学創造作用 におけるキリスト者の実存― 生きることと文学することの相剋に始まり、ヨハネ伝1の14の神の受肉の信仰に基礎をおき、神は実在的に人に迫り、その文化を否定するだけでなく、逆に新しく生かす。 同次元の対比でなく、否定即肯定である。 〈山村暮鳥の詩文学で実証する〉

6,信濃町立柏原小 勤務時代  1958年(昭33)5月 新鋭詩人叢書Ⅲ  東京 思潮社刊 佐藤克郎詩集 『神の諧謔』 神の受肉にはじまる、新しい人間や神との関係や創造の責任を、私なりきの詩作品として試みたもの。 〇於 柏原 小原福治氏の聖書研究会出席 (日本基督教団信濃町伝導所) 〇於 東京 代々木上原教会 赤岩栄牧師 教会誌『指』 購読 夏季箱根仙石原集会に出席 椎名麟三(小説家)との対話

7, 長野市立柳町中学校勤務時代 ①日本基督教団長野教会帰着 教会のサンデースクール経営 ②小林信子と結婚 ホーリネス系キリスト教徒 ③ 新世帯での家庭祈祷会 行う ④杉崎よねと同居(母方の曾祖母)*若き日の坊向輝国師を知る ⑤1964年(昭56)4月 カウンセリングワークショップ参加 於 神奈川県湯河原 「予定もなく教えない集会」で「最も深く学ばされた体験」

8, 高森南小学校勤務時代。 ①信濃教育会創立80周年記念 2月 代表演説「信州教育に於ける 古くて新しい課題」 続きを読む

林浩子さん

わたしは東京で生まれ、数え年が5歳の時、父が亡くなりました。その時から長野県上田の祖父と祖母に引き取られ、10年間育てていただきました。母は仕事に出て仕送りをしてくれました。15歳の時、母の再婚によって前橋で生活をし、その後、東京へ出ました。住んでいる近くに教会があり、そこに行ってみたいなと思って友人に声をかけて、友人と共に教会へ行きました。そこはプロテスタントの教会で、日本キリスト教団渋谷教会でした。また住んでいた寮には、近くのカトリックの教会の神父さまが来てくださり、教えてくださっていましたが、渋谷教会の方々に励ましをいただき、青年会に出たり讃美歌を一緒に歌ったりする中で、渋谷教会で信仰が育まれ、イエス・キリストを救い主と信じて洗礼を受けました。思い返してみますと、亡くなった父の遺品に聖書があり、不思議な神様の導きがあったのだと感謝しています。その後、教会で出会った方と導かれ、結婚を機に主人の実家であった長野県飯田に住むこととなりました。両親が駄科におり介護のこともある中で竜丘キリスト教会に行くようになり、その時より毎週日曜日礼拝をささげています。

いつもみなさまがお祈りくださって支えてくださって、こうして教会へ来て、みなさまと共に過ごさせていただくことが、わたしのすべての喜びで感謝の日々です。ここからはじまって毎日の生活を感謝しながら過ごさせていただいております。